atosakav's tumblr

http://twitter.com/atosakav
random
Nov 07
Permalink
Permalink

私はブログを書く。

日々、無駄なことから、ムキになってることまで。

衝動に任せて書く。

自分が正しいなんてまったく思ってない。

正しいと思ってないやつが

何か人様に表現することほど下品なことはない。

そんなことは分かっているんだ。

でも、分かってても書く。

全てを笑い飛ばすために書くのだ。


私は今日も生きている。

君はどうだ?

Permalink
だから人の噂を信じるなベイビー!俺はここにいるぞ!俺はここにいるんだ!俺はナンのこっちゃい!ベイビー、ナンのこっちゃい!
Permalink

(via tencyou3)

じゃがたら - もう我慢できない

Permalink

(via geepee)

Permalink
多分、出来ないことなんてないのだ。誰かの途方もない「夢想する力」が大きなうねりを産んでいき、それがまっとうなものであれば、必ず連鎖していく。それが音楽の力だとオレは思う。
Permalink

ぼくたちは、結局、音楽を所有してきたのだろうか?

「うた」が誰のものなのかといえば、もちろん表現者のものなのかもしれないが、では「うた」を聴く瞬間は、所有することができるものなのだろうか?むしろ、所有することなど絶対できないものだからこそ、「うた」を、同じ「うた」を何度でも聴いてしまうという行為は魅惑的なのではないのか?

Permalink
まっすぐな言葉で、抜き差しならない感覚を歌う、しかも、そこにはAunt Sallyから通底する、「歌」の元素としての屹立するような「ノスタルジア」があります。それは、音量の大きいバンド演奏の軋みよりも、本質的に「パンク」なのは無論のことです(誤解を招きそうですが)。
Permalink
ネットに情報が溢れているから、また、批評のジャンル分け自体が音楽シーンを駄目にしてきたのだから、なんていう了解を、僕はまったく信じることが出来ない。音楽批評が必要なくなったのでなくて、音楽を聴く耳が動物化してしまっただけのことなのだ。音楽に向き合うことの楽しさというのは、良い批評家の言葉を追って、摩擦/葛藤/頷首していくこと、それを積み重ねることでしか得ることができないと、僕は思います。
Permalink
彼から送られてきたテープはここ半年か一年の間に聞いたもので一番印象的なものだったのです。今までこんな感じの音楽は聞いたことがない、自分の他にこんなギターの弾き方をする人はいないと思っていました。それにヴォーカルが印象的で。そして何よりも私にとって共感できるのは、彼がロックのイディオムの中で即興演奏していることです。ロック・ミュージシャンはよきインプロヴァイザーであり得て、しかも即興で演奏したものはなおかつロックである、そのような可能性を実践したパイオニアがヘンリー・カウだったと思うのです。普通のロック・ミュージシャンは歌をつくり演奏するのに忙殺されていて、即興演奏の演奏家は特定の音楽言語の枠をはみ出ることがない。そんな状態が続いてきましたが、即興音楽はもっと、あらゆるイディオム、方法に対して開かれたものとして、定義しなおされなくてはいけないんじゃないか。最近はその硬直した見取り図も変わってきていますね。スティーヴ・ベレスフォードのアルタレイションズのように。でもカウはそれを7,8年前からやっていました。そしてケイジ・ハイノは、ロックにおけるインプロヴィゼイションの現象形態を非常にクリアーに自覚しています。まさに建設的な方向です。